学校だより LIVE

野木沢小の教育や校長雑感をLIVEでお届けします

19 野小っ子チャンネル作成裏話

 きっかけは、県教育委員会が作成した「学びのサイト」の動画でした。「学びのサイト」は、県教育委員会のホームページよりアクセスするのですが、動画サイトがPDFファイルにリンクされており、それを開くのにパスワードが必要になっています。そのパスワードを入れると、PDFファイルが開けて、そこにリンクされている動画サイトが視聴できるようになっています。なぜ、そのようなしくみなのか、校長と教頭で探りました。その結果、そのしくみは、動画サイトの「限定公開」というしくみになっていることが分かりました。それにより、パスワードを知っている人だけが、指定の動画サイトにアクセスすることができるというわけです。そこで、校長と教頭の間で、このしくみを使えば、学校でも、パスワードを知っている保護者(児童)だけが視聴できる動画を作成してアップできるかもしれないという話になりました。そこで、試しに子ども達向けの応援動画を作成してみようということになったのでした。
 そこから先が早かったです。次の日、在宅勤務期間でもあったため、出勤していた先生方だけで、とりあえず簡単な動画を作成することになりました。当初は、1人1分程度の子ども達へのメッセージを撮る予定でした。しかし、先生方で話し合う中、ペープサートを使って語りかけたり、実際に簡単な運動を呼びかけたりしてはどうか、生活リズムが崩れているかもしれないから、基本的な日課表を示してはどうか、といろいろアイディアが出て、結果、5分ほどの番組が完成しました。先生方それぞれが役割分担し、シナリオを考え、小道具を準備し、撮影して、最後は編集してと、まさに「チーム野木沢」で作り上げた産物でした。
 作れそうだ、という話になってから、翌日制作、2日後には動画サイトにアップできたスピード感がすごいと思いました。今、学校現場は、できることの手探り状態で、予定していたことが急遽、変更になることがざらです。だからこそ、思い立った時に、とりあえず、やってみようと行動することが求められていると思います。
 野小っ子チャンネルの第1弾は完成しました。これを基にして、次はどうアレンジしたものができそうか、また手探りの日々が続きます。

18 ウイルスと共存

 私の故郷、会津の郷土玩具に「赤べこ」があります。きっとみなさんも一度は見たことがあると思います。あの赤べこをよく見ると、体の周りに、黒と白の丸い模様がついています。諸説ありますが、その中に、あれは、天然痘という病気にかかった時にできる「あばた」の痕だと言われているものがあります。平安時代頃、日本では天然痘が大流行しました。当時はワクチン治療がなく、多くの人が亡くなりました。そんな中、赤べこの人形を持っている子どもは、天然痘にかかりにくいといううわさが広がりました。赤べこの体の色の「赤」は、魔除けを意味していたからです。だから、子どもの身代わりの意味もあったのでしょう。

 さて、ある日の朝日小学生新聞に、ちょっと興味深い記事が載りました。それは、「私たち人間は、昔から感染症、ウイルスと長い付き合いをしている」というものでした。

・古代エジプト時代から、先程紹介した「天然痘」が流行しました。
・14世紀のヨーロッパでは「ペスト」が流行し、世界で1億人が死亡し、「黒死病」とも言われました。
・1918年には、アメリカとヨーロッパで「スペインかぜ(新型インフルエンザ)」の流行が始まり、世界で2千万から5千万人が亡くなりました。
・2002年、中国香港を中心に、「SARS(サーズ、重症急性呼吸器症候群)」が流行し、世界で8千人以上が感染し、約800人が亡くなりました。
・そして、今、「新型コロナウイルス」が世界で大流行しています。24日現在で、世界で感染者が270万人以上、亡くなった人も19万人以上になっています。

 感染症に詳しい長崎大学の山本教授は、こう話しています。「このように大昔から人に感染する病気はありました。そして、人が集落を作り、多くの人が一緒に生活をするようになり、病気は広がるようになりました。また、人間が開発などで、むやみに自然の中に入っていったことで、新しい病気のウイルスと出会うようになりました。ウイルスも人間も、自然の一部という意味では一緒です。今回の、新型コロナウイルスがどういう形でおさえられていくか分かりませんが、今後も、新しい感染症は発見され、流行はこれからも続くことが考えられます。」そして、最後にこう言っています。「最終的にはウイルスと共存していくべきでしょう」

 地球を一つの大きな生命体と考える「ガイア理論」という考えがあります。それは、地球と生物が相互に関係し合い環境を作り上げているという考えです。ウイルスと人間も、同じ地球上の自然の一部として相互に関係しながら生きていることになります。そういう意味で、最後はどちらかの絶滅ではなく、共存という考えになるのでしょう。

 今回の新型コロナウイルスのワクチンの開発は待たれますが、それまでは、やはり、各自の免疫力を下げないこと、そして、爆発的な流行にならないように行動を注意することです。

17 石川町は鉱物の町

 石川町は鉱物の町です。マスコットキャラクターの「キララちゃん」は、紫水晶がモチーフになっています。
 石川町は、昔から有名な鉱物の産出地で、ペグマタイトと呼ばれる、大きく結晶化した鉱物が採れるエリアがあることで知られています。日本三大ペグマタイト産地にもなっています。
 学区内にも、「和久観音山ペグマタイト鉱床」と呼ばれる場所があります。ここでは、許可を得れば、鉱石の採取が可能で、本校のクラブ活動でも取り組んでいます。
 実際に、和久観音山ペグマタイト鉱床に行ってみました。中には入れなかったので、周りからの観察でしたが、山全体が採石できるような感じでした。入口の説明板によると、石川町では、明治の終わり頃から昭和40年半ばまで長石と珪石を掘り出した町として有名で、とても賑わったそうです。長石は瀬戸物の焼き物の釉薬(うわぐすり)になり、珪石はガラスやレンズの原料です。
 現在では、長石や珪石は採れなくなりましたが、石英・白雲母・黒雲母・ざくろ石・電気石などの鉱石が採集できるようです。今度は、事前に連絡をして、かつての坑道に入ってみたいと思います。

16 「テキシコー」って何?

「テキシコー」というNHKのEテレの番組があります。今回、休校中のおすすめとして紹介した中にありました。最初、「テキシコーって何?」と思いました。この番組で取り上げているのは「プログラミング的思考」。この「的思考」が番組名の「テキシコー」だったのです。

 では、プログラミング的思考とは何か。文科省では、次のように説明しています。「自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力」
 つまり、簡単に言うと、「自分がやりたいことをやるために、必要な条件を考え、それらをどうしたら一番自分がやりたいことに近いことができるのかを考える力」。この番組では、このプログラミング的思考を、分解・組み合わせ・一般化・抽象化・シミュレーションととらえています。

 この番組を制作した一番のねらいは、「コンピューターを使わずにプログラミング的思考を育む」です。実際に見て頂くと分かるのですが、この番組には、コンピュータを使った内容は出てきません。代わりに、思わず頭の中で手順を組み立て、先を予想したくなるような興味深い実験や、手順の組み合わせを改善していく楽しさを伝えるアニメーション、さまざまな仕事や物の中にプログラミング的思考が活かされていることを伝えるコーナーなどで構成されています。コンピューターへの苦手意識やICT環境を問わず、誰でも楽しくプログラミング的思考を育め、コンピューターを使ったプログラミングへの導入としてはもちろん、実際のプログラミング体験をした後でも、活用できる番組として作られています。(番組HPより)

 この、「コンピュータを使わない」というところがみそです。例えば、「ダンドリオン」というコーナーがあります。ここで扱うのは、まさに「段取り」。いかに効率的に考えるかということ。床のゴミを集めるのに、いかに効率的に集められるか考える。これも、プログラミング的思考。また、「こんなところにもプログラミング」のコーナー。ここでは、身近な生活の中や一般的な仕事の中にあるプログラミングについて触れています。例えば、花火職人の作る花火。たくさんの火薬をどのように配置して打ち上げ花火を作るかは、まさにプログラミング的思考。

 この番組を見ると、私たちが日頃何気なく行っていることの中に、実はプログラミング的思考を駆使してやっていることがあることに気づかされます。家事においても、買い物したり、料理をしたりすることは、かなりプログラミング的思考だと思います。遊びの中でも同じ事が言えます。例えば、将棋やオセロなどでは、駒をどこにどう置くか、その結果、どうなるかを考えて遊びます。まさに、プログラミング的思考です。そう言えば、コンピュータ対将棋や囲碁の棋士が対決することがあるくらいです。
 そういう意味で、コンピュータなど使わなくても、プログラミング的思考は育てられるし、鍛えることはできそうです。そして、このプログラミング的思考を育むことで、物事の見方や自分の考え方を論理的にとらえ、相手に分かりやすく伝えたり、表現したり、課題を要領よく処理したりできるようになることも期待できると思います。

 「テキシコー」。是非、一度見てみてはいかがでしょうか。「テキシコー」は、パソコンでも視聴することができます。

15 校歌について

 野木沢小学校の校歌は、昭和48年11月7日に制定されました。それは、ちょうど創立百周年記念式典の中で発表されました。

 野木沢小学校校歌    作詩 小林金次郎  作曲 紺野五郎

一 つつじ いろどる 希望ヶ丘で

  呼べば はるかな 那須山が 元気に 育てと 声かける
   ああ 野木沢 野木沢小の 子どもだ わたしら 伸びるのだ
   大きな雲が 湧くように

二 光る ゆたかな 阿武隈川は
  胸に 希望の 火をもやし 仲よく 学べと 歌ってる
   ああ 野木沢 野木沢小の 子どもだ わたしら 進むのだ
   大きな朝日 のぼるように

記念誌の中に、作詩者、作曲者からの言葉が載っていました。

作詩のことば  小林 金次郎

 わたくしが学校のために作ってきた歌だけを数えてみると、野木沢小学校の校歌がちょうど111番目になります。この校歌は、校庭の一角にある「希望ヶ丘」に立って那須山を眺めている時に自然と生まれてきた歌です。ふしぎにもここが、わたくしに詩情を湧かしてくれたものです。みなさんも、つつじが一面に咲きみだれるこの丘が好きだと思います。小さな町、小さな学校、そこから生まれる大きな夢、大きな希望が大切なのです。それは那須山に湧き上る雲のように、阿武隈川の上に輝く太陽のように、仲よく力を合わせて勉強し、未来に伸びて行くりっぱな人になって行く姿を示しているのです。この校歌はそういう願いをこめて作ったのですから・・・。

作曲のことば  紺野 五郎

 この曲は行進曲風で大型のものです。詩の終わりに「大きな雲がわくように-、大きな朝日のぼるように」とあるので、この精神を曲の中に生かして作曲しました。野木沢小学校の児童がすくすくと大らかな人物に育つようにお祈りします。

 作詩された小林金次郎氏は、福島市生まれ、詩人の北原白秋に師事し、童謡や詩を学びました。その後、福島師範学校卒業し、小中学校に勤務。退職後は県内の幼小中高大学校の校歌を作詩しました。
 作曲された紺野五郎氏は、安達郡東和町出身。東京や福島で小中学校教諭をされ、退職後、ピアノ指導をされました。小林金次郎氏の詩には40曲ぐらい作曲しました。

 わたしたちが毎日歌っている校歌は、このような作詩・作曲をされた方々の思いがつまった素敵な校歌です。