日誌

沢田小の歴史(旧旧校舎)

 本校の旧旧校舎は、明治27年に宝海寺から移転し、現在のさるすべり公園の土地に建設されました。しかし、台風での全壊や増築を繰り返し、太平洋戦争末期の沢田飛行場建設のときは、兵舎としても使用されるなどの変遷を経て、昭和33年の5月まで使用されていました。その校舎で学び、卒業した卒業生は現在は75才以上となられています。下の校舎の平面図は、昭和22年に沢田中学校が創立し、沢田小学校の校舎の中に併設されたときのものです。沢田村の役場がすぐ隣にあります。
 記録をみると、その旧旧校舎を使用していた最後の年、昭和33年の5月には、本校での児童数が最大で626名在籍していました。平屋建ての狭い校舎と校庭で、それだけの人数の子どもたちが学び、生活し、行事など行っていたというのは、現在の学校生活からは想像を絶することです。
 昭和33年以降の卒業生で、旧旧校舎と旧校舎の両方を経験された方々は、現在の児童の祖父母の方々の年代にもおられるので、機会をみてぜひその当時のお話をうかがってみてもらいたいと思います。

【沢田小学校 旧旧校舎平面図】(昭和22年)